三枝改メ 六代 桂文枝

文枝系図


  

代々師弟で受け継がれた“文枝”

初代桂文枝には多くの門人がおり、師弟関係を系図で表すとわかるように、現在「桂」を名乗るほとんどの落語家がこの門流である 。
初代文枝門下には四天王と呼ばれた文之助、文三、文都、文団治のほかにも、芝居噺を得意にした初代文我、東京落語に影響を与えたといわれる三代目文吾とその弟子の四代目文吾らがいる。
初代文枝没後、四天王が二代目襲名争いを繰り広げ、文三が二代目を襲名する。この二代目文枝の系統が、その後代々伝わる文枝の系統となる。また、東京でおなじみの名跡゛ある三木助を最初に名乗ったのは二代目文枝であり、名人の誉れ高い八代目桂文楽もこの系統とかかわりがある。
一方、襲名争いに敗れた三名のうち、初代文団治の系統から、上方の現在の米朝一門、 春団冶一門へとつながり、また上京した小文治が東京に根をおろし、米丸一門、十代目文 治一門につながっている。

初代 桂文枝の流れを汲む落語家系図 (平成23年7月現在)
五代目桂文枝一門
  • 阿か枝
  • かい枝
  • 五代目文三
  • こけ枝
  • 文華
  • 二代目 枝曾丸
  • 四代目 文昇
  • 坊枝
  • 三代目 あやめ
  • 二代目 枝光
  • 枝女太
  • 小枝
  • 文也
  • 文喬
  • 文福
  • 小軽
  • 文太
  • 文珍
  • きん枝
  • 三枝

系図の凡例


・初代桂文枝から、その流れを汲む現在の東西の落語家を、師弟関係であらわした系図です。
・点線内は、東京の落語家、それ以外は上方の落語家です。(一部、落語家以外の方も含みます。)
・薄文字で記したのは故人の落語家です。(一部廃業者等を含みます。(表中に記述))
・故人の落語家は、系統上重要な人物、名跡を辿る上で重要な人物など、編者の判断により取り上げました。
・現役の落語家は右から入門順に記しましたが、故人の方はレイアウトの関係上、必ずしも入門順ではありません。
・師弟関係には複数説ある場合や、ことに古い時代のものは詳らかでないものもあり、編者の判断で表記しました。
・途中で師弟関係が変わる場合は、編者の判断でひとつの系統に表示しました。
・師弟間で亭号屋号が変わる場合は、弟子には亭号屋号を記し、同じ場合は略しています。
・名前左側のカッコ内に記した名前は、その落語家の前名で、名跡を辿る上で重要なものを表記してあります。
・名前右側の注記は、落語以外での芸名や芸種などです。
・名前上に●印があるのは、師弟系統外の落語家ですが名跡を辿る上で必要と思われたため、表示しました。
・現役の落語家については次の資料を参考にしました。
 上方:上方落語協会管理資料(平成23年7月1日現在) 東京:雑誌「落語ファン倶楽部VOL11」

文枝にまつわる家紋

文枝紋 【桂 文枝】

  落語家が使う「紋」には、一門によってそれぞれ定まった「定紋」と、特定の落語家だけがつける「替え紋」があります。この紋は文枝を名乗るものだけが用いることができる替え紋です。文枝にちなみ「文」を四つ丸く連ねたもので、初代が使い始め、五代目もときにこの紋を使いました。
   

三つ柏

  桂を名乗る落語家の祖である初代桂文治が用いたことから、桂の系統で受け継がれてきた定紋です。江戸時代の文化年間(1804〜1818)にはすでにこの紋を使っていたことがわかっています。
   

結び柏

  三つ柏を簡略表現した紋です。文枝一門と米朝一門は三つ柏か結び柏を用い、春團治一門は別の紋を使っています。また東京では十代目文治一門で用いることがありますが、その他の桂の系統では特に定まってないようです。