NSC-NEW STAR CREATION-




NSC卒業生座談会

吉本総合芸能学院、通称「NSC」。ダウンタウンをはじめとする多くの人気芸人を輩出してきた「笑いの学校」が、来年度も新入生を募集する。そこで今回は、東京・大阪NSCで同期にあたる6人の卒業生に当時の学校生活を振り返ってもらう座談会を実施した。聞き手は自身もNSCを卒業し、現在放送作家として活躍している遠藤敬。元NSC生ならではの一体感のある現場で語られたのは、ユニークな授業の数々と、そこで培ったコミュニケーション能力の大切さについてだった

お笑いの技術だけでなく、どこに行っても通用する「人間力」を育成するというNSC、その魅力に迫る。
編注:東京NSC11期生と大阪NSC28期生は共に2005年入学で同期に当たる。

NSCに入った理由

―――今日はみなさんがNSCに通っていた当時のお話をお聞きしていきたいなと思います。芸能界に入るひとつの扉としてNSCがあったと思うんですが、どういう気持ちで門を叩いたんですか?

向井各々入った年齢もみんな違いますからね。僕は大学2年生の時に、絶対東京NSCに入ろうって地元の名古屋で約束してたやつと一緒に入りました。

長谷川実は僕はNSCに通わずに、1回吉本に所属してたんですよ。バイト先のものまねのショーパブで、芸人になりたいっていう人とコンビを組んで。劇場でネタをやるようになったんだけど、その相方が飛んじゃって、26歳のときにNSCに入った。「ちゃんとしてて、前向きで、飛ばない相方を探そう。俺が心から突っ込みたいって思えるやつを探そう」と思ってNSCに行ったんですよ。これが最後のチャンスだと思って入りましたね。

―――NSCに行ったら本気の人ばかりがいますからね。

じろう僕は3、4年コント劇団みたいなことをやってました。このままじゃどうにもならないし、吉本行ってダメだったら諦めつくだろうなと思って、諦める理由を探しにNSCに入った感じですね。

向井かっけえなあ。

じろう「面白い人=吉本にいる」っていうイメージだったんですよね。「自分が面白いんだったら吉本で上に立てるだろう」と思ったから、吉本に行って、ダメだったら諦めがつくなって。

―――井下好井はちょっと境遇が違うと思うんだけど。

好井僕は地元が大阪なんですけど、JCA(編注:人力舎のお笑い養成所)と東京NSCどっちも応募したんです。そこで人力舎の先輩と話してたら、みんな「横のつながりができるから吉本のほうがいい」って言う。それで、NSCにしたんです。

井下僕はみんなと違って大阪NSCの27期(編注:2004年入学)で入ろうとしたんですよ。でも一緒に入ろうとしてた中学の同級生が高校留年して。「1年待つわ」言うて1年後の大阪のNSCに28期で入ったんです。

―――さて、芸人さんが活躍してるなかで映画の世界に行った濱津さん。なんでNSCに入ったんですか?

濱津……なんとなくですね。人前でなにかやるのは好きだったので。あとは、やりたい仕事とか就職先もなく、唯一興味あるのが芸能って感じだったので。ものすごい強い意志を持って入ってはいないですね。

プロフィール

シソンヌ 写真

シソンヌ

ボケのじろう(左)とツッコミの長谷川(右)からなるコンビ。2006年4月結成。2014年『キングオブコント』優勝。一番鮮明にNSC時代の記憶を覚えていた

井下好井 写真

井下好井

ボケの好井(左)とツッコミの井下(右)からなるコンビ。2006年11月結成。好井は座談会中さまざまなNSC時代エピソードを披露するも、皆に「どうでもよすぎる」と一蹴され続けた

井下好井 写真

向井 慧(左)

お笑いトリオ・パンサーのツッコミ担当。元気担当の尾形はNSCの8期生、ボケ担当の菅は9期生で、年齢も皆ばらばら。「向井は当時から爽やかだった」(好井談)

濱津隆之(右)

俳優。今年大ヒットした映画『カメラを止めるな!』で主演を務め、脚光を浴びた。心配になるほどNSC時代のことを覚えておらず、「きっとなにかあるはず!思い出して!」と皆に応援されてしまう場面も