吉本興業株式会社

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会社概要

商号
Corporate Name
吉本興業株式会社
YOSHIMOTO KOGYO CO.,LTD.
本店・大阪本部
Osaka Head Office
〒542-0075 大阪市中央区難波千日前11番6号
11-6 Namba Sennichimae, Chuo-ku, Osaka City Zip 542-0075
TEL.06-6643-1122(代表) FAX.06-6643-1155
東京本部
Tokyo Head Office
〒160-0022 東京都新宿区新宿5丁目18番21号 旧新宿区四谷第五小学校
5-18-21 sinjuku shinjuku-ku, Tokyo Zip 160-0022
TEL.03-3209-8300(代表) FAX.03-3209-8333
創業
Established
1912年4月1日
4/1/1912
代表者
Corporate
Representatives
代表取締役会長 吉野 伊佐男
Isao Yoshino,Chirman
代表取締役社長 大﨑 洋
Hiroshi Osaki, President
代表取締役副社長 橋爪 健康
Tkakeyasu Hshizume,Vice-President
資本金
Capital
125億450万円(2010年6月1日現在)
12,504,500,000 Yen(As of December.2009)
社員数
Employees
644名、所属タレント約800名
業務内容
Business Operations
TV・ラジオ、ビデオ、CM、その他映像ソフトの企画、制作および販売。劇場運営。イベント事業。広告事業。不動産事業。ショウビジネス。その他商業施設の開発、運営。
取引銀行
Banks
三井住友銀行、住友信託銀行、みずほ銀行、りそな銀行

沿革

<明治>

1912 明治45年
吉本吉兵衛・せい夫婦が天満八軒のひとつ「第二文芸館」を入手、寄席経営の第一歩を踏み出す

<大正>

1913 大正2年
大阪南区笠屋町に「吉本興行部」を設立
1914 大正3年
次々と寄席を入手、チェーン化に乗り出し、88人の芸人が吉本に所属
1915 大正4年
傘下の寄席を「花月」と改称
1921 大正10年
桂春団治が吉本専属として初席の高座に上がる
1922 大正11年
30近い寄席を持ち、演芸王国吉本の基礎を確立
1926 大正15年
寄席の一部を活動写真館に転換

<昭和>

1932 昭和7年
「吉本興業合名会社」に改組
1933 昭和8年
「吉本演芸通信」を創刊、その中で“萬歳”を“漫才”に改める
エンタツ・アチャコが漫才の傑作「早慶戦」を発表、大好評を博すと同時に“漫才”人気を不動のものとする
「文芸」、「宣伝」、「映画」の3部門を設立
1934 昭和9年
アメリカより「マーカスショウ」を招聘、“ショウ”という言葉が一般に浸透する、「南地花月」からJOBK初の寄席中継が行なわれる吉本初の制作映画「佐渡情話」(日活提携)が封切られ大ヒット
吉本PR誌「ヨシモト」を創刊
1935 昭和10年
作家・秋田実を校長とする「漫才学校」を開校
1937 昭和12年
戦地慰問団「わらわし隊」(朝日新聞提携)が北京などへ出発
1938 昭和13年
吉本せい「通天閣」を買収
全国主要都市における直営劇場・事業所、60カ所に及ぶ
1941 昭和16年
戦禍により劇場の大半を失う
1945 昭和20年
洋画の上映を主体にして劇場興業を再開
「吉本興業株式会社」に改組、取締役会長に吉本せい、代表取締役
1948 昭和23年
社長に林正之助が就任戦後、吉本が製作・提供した映画第一号「大島情話」を封切る
大阪証券取引所に上場(5月)
1949 昭和24年
吉本せい没(62歳)
1950 昭和25年
本社を南区河原町1-1514に移転(現・大阪市中央区難波千日前11-6)
1953 昭和28年
林正之助が大阪、京都でプロレス興行を行なう
1958 昭和33年
「うめだ花月劇場」を演芸場として開場
1959 昭和34年
吉本バラエティ「アチャコの迷月赤城山」のテレビ生中継が行われる
「吉本ビル」竣工(現・大阪市中央区心斎橋筋2丁目5-5)
1960 昭和35年
東京証券取引所に上場(10月)
1961 昭和36年
「京都花月劇場」が演芸館として復活
1962 昭和37年
千日前グランド劇場を「なんば花月」とし、演劇館に転換
1963 昭和38年
「吉本新喜劇」(なんば花月)のテレビ中継始まる
本社を「吉本ビル」に移転
西日本最大のボウリング場「ボウル吉本」をオープン
1964 昭和39年
社是、社訓を制定
1966 昭和41年
仁鶴、三枝、やすし・きよしら、テレビの人気者を見ようと劇場に若者が殺到
1970 昭和45年
テレビ番組の企画・制作会社「(株)アイ・ティ・エス」を設立
1973 昭和48年
レコード・書籍の出版会社「(株)吉本音楽出版」を設立
1975 昭和50年
「制作部東京連絡所」を開設空前のMANZAIブームで多くのスタータレントが誕生
1980 昭和55年
雑誌「マンスリーよしもと」を創刊
1981 昭和56年
タレント養成のため「吉本総合芸能学院(NSC)」を開設
1982 昭和57年
吉本ビルに「心斎橋筋2丁目劇場」を開場
1986 昭和61年
歌手の育成とマネジメントを目的とした「(株)エス・エス・エム」を設立
「吉本会館」竣工、劇場「なんばグランド花月」、スタジオ「NGKホール」、ディスコ「デッセ・ジェニー」を有し、本社も移転
1987 昭和62年
ライブスペースの運営会社「(株)パシフィックエンタプライズ」を設立
「名古屋事務所」を開設
1988 昭和63年
京都花月跡に「京都吉本ビル・パッサージオ」を竣工

<平成>

1989 平成元年
「福岡事務所」を設立
ライブパブ「アンコール」を東心斎橋にオープン
1990 平成2年
なんば花月跡に「SWINGよしもと」を竣工
「ベイサイドジェニー」を天保山ハーバービレッジにオープン
1991 平成3年
林正之助没(92歳)
中邨秀雄、社長に就任
1992 平成4年
制作部東京連絡所を「東京支社」とする
うめだ花月跡に「SWINGうめだ」を竣工、「うめだ花月シアター」を開場する
社史「吉本八十年の歩み」を刊行
アメリカ・ラスベガス市より「日米親善貢献感謝状」を授与
1993 平成5年
名古屋に「吉本広小路小劇場」を開場
「吉本会館別館」を竣工
「インターナショナルサーカスフェスティバル」(イタリア・ベローナ市)に後援団体として参加
ヨーロッパ最大のパフォーマンス大会「メンシェン・テエラ・センセーション」に参加
1994 平成6年
東京銀座に「銀座7丁目劇場」を開場
「札幌事務所」を開設
関西新空港に「カウンターバーYOSHIMOTO」をオープン
経営理念、個人の行動規模、組織の行動規を制定
御堂筋パレード(吉本興業・551蓬菜合同フロート)に初参加
1995 平成7年
東京渋谷に「渋谷公園通り劇場」を開場
東京に「吉本総合芸能学院(NSC)」を開校
新シンボルマークを制定
「ハワイ花月」と題して、ホノルルで海外公演開催
1996 平成8年
「YES・NAMBA」を竣工
「(株)エフエムちゅうおう」を設立、コミュニティFM局「YES ・fm」を開局
吉本女子プロレス「Jd'」を発足
神戸ハーバーランドに「吉本海岸通り劇場」をオープン
金沢に「堅町吉本劇場」をオープン
1997 平成9年
名古屋に「吉本栄3丁目劇場」をオープン(「吉本広小路小劇場」は閉館)
JR京都駅ビル内に「チャヤドス」と「クートッコ」をオープン
情報誌「マンスリーよしもと」が200号を迎える
「ワイ・エヌ・パートナーズ(株)」「(株)イエスビジョンズ」「(株)吉本倶楽部」
「(株)よしもとフードサービス」「(株)ニューキッズインよしもと」を設立
ハワイに現地法人「YOSHIMOTO U.S.A.,INC.」を設立
1998 平成10年
「(株)ワイズビジョン」「(株)ヨシモトライブミュージックエージェンシー」
「(株)吉本ファイナンス」を設立
1999 平成11年
北海道に「観光名所 小樽よしもと」をオープン
「(有)スリー・ツー・ワンレコーズ」を設立
福岡に「吉本111劇場」を開場
中邨秀雄、代表取締役会長に就任
林裕章、代表取締役社長に就任
大阪に「baseよしもと」を開場
2000 平成12年
「(株)ファンダンゴ」「(株)ニューエックス」を設立。
「岡山事務所」を開設、「よしもと3丁目劇場」をスタート
「東京支社」を「東京本社」に昇格
「名古屋事務所」を「東海支社」に昇格
SWINGヨシモトに「マザーホール」をオープン
「(株)オレンジミュージック」を設立
福岡の「吉本111劇場」を「吉本ゴールデン劇場」に改称
2001 平成13年
クルーズ船「ロイヤルウイング」横浜に就航
新宿に「ルミネtheよしもと」をオープン
レコード会社「(株)アール・アンド・シー・ジャパン」を設立
「(株)キャスティ」を設立
「吉本興業ビル心斎橋1号館」を竣工」
2002 平成14年
「(株)よしもとトラベルエンタテイメント」を設立
創業90周年記念事業として、吉本新喜劇上海公演を実施、映画「明日があるさTHE MOVIE」が公開
「有明スタジオ(株)」を設立
「東京本社」「大阪本社」の呼称を、それぞれ「東京本部」「大阪本部」に改める
「(株)吉本倶楽部」と「(株)よしもとフードサービス」を合併し、「(株)よしもと倶楽部」とする
2003 平成15年
大阪に「うめだ花月」をオープン
2004 平成16年
なんばグランド花月の地下に「吉本笑店街」オープン
横浜に「よしもとおもしろ水族館」オープン
「(株)アール・アンド・シー・ジャパン」を「(株)アール・アンド・シー」に社名変更
2005 平成17年
吉野伊佐男、代表取締役社長に就任
2006 平成18年
「(株)ファンダンゴ」ヘラクレス上場
渋谷に「ヨシモト∞ホール」オープン
大阪に「よしもと開運健康幸福百貨店」オープン。
「浅草花月」オープン
2007 平成19年
お笑いフェスティバル“LIVE STAND”開催
「YOSHIMOTO DIRECTOR'S100(100本映画)」スタート
「神保町花月」オープン
吉本興業グループ持株会社制度導入
吉本興業(株)を持株会社とし、「(株)よしもとクリエイティブ・エージェンシー」「(株)よしもとデベロップメンツ」「(株)よしもとアドミニストレーション」を新設、「(株)よしもとアール・アンド・シー」「(株)よしもとファンダンゴ」【(株)よしもとファンダンゴを株式交換により完全子会社化し、商号変更】を並列に配することにより、グループの体制強化
吉本興業グループ新シンボルマーク制定
2008 平成20年
吉本興業グループ東京本部を旧新宿区四谷第五小学校へ移転
「(株)ゾフィープロダクツ」を設立
よしもと流にスタッフを育成する「よしもとクリエイティブカレッジ」を開校
「京橋花月」をオープン
「(株)トラッシュ」を買収によりグループ化
2009 平成21年
「スポーツマーケティングジャパン(株)」を買収によりグループ化
「(株)よしもとスタッフ・マネジメント」を設立
“沖縄国際映画祭”を開催
吉野伊佐男、代表取締役会長に就任
大﨑 洋、代表取締役社長に就任
品川に「品川よしもとプリンスシアター」をオープン
新三郷に「よしもと遊べる水族館」をオープン
出井伸之が組成する「クオンタム・エンターテイメント(株)」が、コンテンツのマルチユースの加速とアジアへの事業展開を目的に吉本興業(株)を公開買付けにより子会社化
2010 平成22年
上場廃止(大阪証券取引所・東京証券取引所)
メディア関連企業等を新たな株主とする「クオンタムエンターテイメント(株)」と合併し、新生「吉本興業(株)」となる
橋爪健康、代表取締役副社長に就任